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PREMIUM GOLF
鬼才・ピート・ダイが手掛けたスタジアムコース

文:大山 郁夫
写真:小林 滋


Text by Ikuo Oyama
Photo by Gary Kobayashi

名物ホールの17番・パー3。この浮島グリーンのデザインは世界的に注目され、後に多くのコースで採用された。

THE PLAYERS Stadium Course at TPC Sawgrass (Florida USA)
TPC ソーグラス・スタジアム・コース

Course Hisitory

TPCとはTournament Players Clubの略です。これは米国PGAツアーが
そのツアー競技を開催する目的で建設しているゴルフコースで、
実際にPGAツアーが管理・運営しています。

その中でも第5のメジャー競技と言われる「ザ・プレーヤーズ選手権」が毎年、
このTPC ソーグラス・スタジアム・コースで開催されています。

一般的には「ソーグラス・スタジアム・コース」または「TPCソーグラス」として
親しまれていますが、正式には上記の通りの長い名前が付いたコースです。

コースデザインは“鬼才”として世界的に知られるピート・ダイが担当しました。
フロリダ地方の平坦な地形を巧みに活かし、その中にハザードとしての池を
随所に絡めた戦略性に富んだコースです。

中でも17番パー3は池の中にグリーンがある“アイランドグリーン”として
世界的に有名なホールで、その後、このデザインは世界中の新設コースに
採用されるようになります。

第5のメジャーとも言われる「ザ・プレーヤーズ選手権」が毎年開催されるなど戦略性に富んだコースとして知られる。

Sawgrassとはその名のごとく、各ホールのラフ地帯に群生する
幅1センチくらいのノコギリの歯のような鋭い葉を持つ草のことです。
グリーンやホールを外すとこの草の餌食になり、思わぬミスを誘発させます。

さらに各グリーンは周りが小高い丘で囲まれており、トーナメント期間中は
多くのギャラリーで埋め尽くされ、自然の一大ギャラリースタンド(スタジアム)
となりますが、これも鬼才ならではの設計コンセプトとして有名です。

◇小林 滋(こばやし しげる)
ゲーリー・小林の名で知られる日本を代表するプロゴルフトーナメントカメラマン。
日本国内はもとより世界4大メジャーなど数多くのプロゴルフトーナメントを取材。
国内外のトッププロとも親交が厚く、中でもタイガー・ウッズに最も信頼されている
カメラマン。これまでの収録枚数は20万枚以上

Date:2012.01.18 Category:アート, コラム, プレイ, リポート

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“帝王”ニクラスが造ったメジャー競技にふさわしいコース

文:大山 郁夫
写真:小林 滋

Text by Ikuo Oyama

Photo by Gary Kobayashi

米国PGAツアーの準メジャー競技「メモリアルトーナメント」の開催コースとして知られるミュアフィールド・ビレッジGC。

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Muirfield Village Golf Club (Ohio USA)
ミュアフィールド・ビレッジGC

Course History

「マスターズ」や「全米オープン」、「全英オープン」そして「全米プロ」という
世界4大メジャー競技だけでも18勝を飾り“ゴルフ界の帝王”として今でも
世界中のゴルファーから尊敬されているジャック・二クラス。

彼が故郷であるオハイオ州コロンバス郊外に1974年に造ったのが、
このミュアフィールド・ビレッジ・ゴルフ・クラブです。

コース名は1966年、二クラスが初めて優勝した「全英オープン」の
開催コースであった、英国・スコットランドのリンクスコースの
ミュアフィールドがその由来です。

二クラスはこのコースをスコットランド出身で都市工学の専門家であった
デズモンド・ミュアヘッドと共同で造りましたが、完成後、その優秀さが
認められたミュアヘッドは、後に、単独で造形美に優れた多くのコースを
日本を始め世界中に造ることになります。

現在は米国PGAツアー競技の中でも準メジャー大会と言われる
「メモリアルトーナメント」が、二クラスをトーナメントホストにして
毎年5月末に開催されています。

各ホールの造形美もさることながら、池やクリークなどのウォーターハザードを
数多く配置しているためその戦略性は高く、トッププロであっても1番から
最終18番ホールまで全く気の抜けない難ホールが続くコースとして知られています。

Photo by Gary Kobayashi
◇小林 滋(こばやし しげる)
ゲーリー・小林の名で知られる日本を代表するプロゴルフトーナメントカメラマン。
日本国内はもとより世界4大メジャーなど数多くのプロゴルフトーナメントを取材。
国内外のトッププロとも親交が厚く、中でもタイガー・ウッズに最も信頼されている
カメラマン。これまでの収録枚数は20万枚以上。

Date:2011.12.16 Category:アート, コラム, プレイ, リポート

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荒涼とした砂漠地帯に展開する緑のオアシス
文:大山 郁夫
写真:ゲーリー・小林


Text by Ikuo Oyama
Photo by Gary Kobayashi

荒涼とした砂漠地帯と鮮やかな緑の絨毯が対照的な高級リゾートコースのインディアン・ウェルズ。

The Golf Resort at Indian Wells(California USA)
ザ・ゴルフリゾート・アット・インディアン・ウェルズ

【 Course History 】

米国西海岸の都市・ロサンゼルスから東に約160キロの距離に位置する
デザート(荒野・砂漠)地帯に、ゴルフ場を核として開発された高級リゾート地が
パームスプリングスです。

ここは世界的に有名なゴルフ場設計家たちが設計したゴルフコースが、
何と90コースもあるという米国屈指のゴルフリゾートです。冬でも暖かいため、
特に真夏の暑い季節が過ぎる11月頃から世界中のゴルファーが避寒のために
集まってくるのです。

その中でも特に有名なのがこのインディアン・ウェルズです。
正式にはザ・ゴルフリゾート・アット・インディアン・ウェルズと言いますが、
一般的にはインディアン・ウェルズという名で親しまれています。

リゾートコースとは言え米国PGAツアーの開催コースだけあってその難易度も高い。

リゾートゴルフコースの設計家として有名なテッド・ロビンソンが、
1986年に手掛けたものですが、そのイーストコースとウエストコースからなる
36ホールズは、リゾートコースでありながら各ホールとも距離がたっぷりあり、
難易度の高いコースとしても知られ、米国プロゴルフツアーのトーナメント
開催コースとしても世界的に有名なところです。

さらにこのコースを有名にしたのは、各ホールからの景観の素晴らしさです。
特に冬場はサンファンシント山脈の頂の雪景色や乾燥し荒涼としたまわりの
荒野の茶景色とは対照的に、コースの緑の芝生の鮮やかさ、バンカーの白、
抜けるような青空の中のプレーが、まさにゴルフの醍醐味を満喫させると、
世界中のゴルファーを虜にしています。

Photo by Gary Kobayashi
小林 滋(こばやし しげる)
ゲーリー・小林の名で知られる日本を代表するプロゴルフトーナメントカメラマン。
日本国内はもとより世界4大メジャーなど数多くのプロゴルフトーナメントを取材。
国内外のトッププロとも親交が厚く、中でもタイガー・ウッズに最も信頼されている
カメラマン。これまでの収録枚数は20万枚以上。

Date:2011.12.02 Category:アート, コラム, プレイ, リポート

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熱帯雨林とシーサイドが織りなす絶景のコース!!

Onward Mangilao Golf Club(Guam USA)
オンワード・マンギラオ・ゴルフクラブ

Photo by Gary Kobayashi
Text by Ikuo Oyama

13番・パー3は海越えの名物ホール。絶景だが海風がワンオンを困難にする。

Course History

1992年、日本のアパレルメーカーであるオンワードがグアム島にオープン
させたリゾートコースが、このオンワード・マンギラオ・ゴルフ・クラブです。

島の東側に点在する熱帯樹林のジャングルと、シーサイドの荒波をモチーフにして
造られていますが、コースデザインを担当したロビン・ネルソンは、ハワイ島の
マウラ・ラニなど数多くの高級リゾートコースを手掛け、このコースもその自信作
のひとつと言われています。

大きな3つの池を中心に展開するアウトコースは、いかにも「リゾート風」に
アレンジされています。一方、シーサイドの熱帯ジャングルと荒波に囲まれた
スリリングなインコースは、まさに「自然との闘い」が待ち受けます。

常夏の島の夕日もまた絶景。日本では絶対に体験できないひと時だ。

それぞれ全く趣きの違うアウトコースとインコースですが、ゴルフの面白さが
凝縮されたエキサイティングなホールが連続するホールロケーションです。

その中でもこのコースを特に有名にさせたのが13番パー3です。太平洋が
一望できる最高のロケーションですが、その反面、プレーヤーにとっては海越えの
ティショットが強いられるため、その海からの強風でワンオンさせるのが至難の業
という名物ホールです。

Photo by Gary Kobayashi
小林 滋(こばやし しげる)
ゲーリー・小林の名で知られる日本を代表するプロゴルフトーナメントカメラマン。
日本国内はもとより世界4大メジャーなど数多くのプロゴルフトーナメントを取材。
国内外のトッププロとも親交が厚く、中でもタイガー・ウッズに最も信頼されている
カメラマン。これまでの収録枚数は20万枚以上。

Date:2011.11.25 Category:アート, コラム, プレイ, リポート

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難易度全米NO1のホールにチャレンジ!!

KOOLAU Golf Club(Hawaii USA)
コオラウ・ゴルフ・クラブ

Photo by Gary Kobayashi
Text by Ikuo Oyama


全米でも難易度NO1と言われるホームホールの18番・パー4

Course History

ハワイ・オワフ島の中心地ホノルル市街から北東に車で約30分に位置する
コオラウ・ゴルフ・クラブ。険しく切り立ったコオラウ山脈の裾野にあるこのコースは、
東海岸のカネオヘ湾を一望する素晴らしい地形を借景に日系企業が1972年に
オープンさせたものです。

ディック・ヌーゲントとジャック・ターテルという2人のコース設計家の手になる、
壮大な熱帯雨林に囲まれた丘陵地帯に展開する、7,310ヤード・パー72の
規模を持つこのコースの特徴は、何と言ってもコース難易度の高さです。

コース全体の難易度を示すコース・スロープ・レーティングの152(全米平均は113)は
全米6位、さらに最終18番・476ヤード・パー4ホールは、何と全米NO1の難易度を誇る
というモンスターコースとして知られ、そのため、例えシングルプレーヤーでもハンディ通りの
スコアをマークするのが至難の業と地元でも評判のコースなのです。


目まぐるしく変わるコオラウ山脈とカネオヘ湾からの風がコースの難易度を高めている

因みに日本で一般的なコースレートという言葉は、そのコースのハンディキャップ算出
のための指数で、コース全体の難易度を示すコース・スロープ・レーティングとは
意味合いがちょっと違います。

とは言え、例えアベレージゴルフファーでも、山あいから流れ落ちる何本もの
美しい滝から生まれた渓谷などの大自然の中、各ホールとも最高のロケーションを
展望しながらゴルフの醍醐味が満喫できます。

写真:小林 滋(こばやし しげる)
ゲーリー・小林の名で知られる日本を代表するプロゴルフトーナメントカメラマン。
日本国内はもとより世界4大メジャーなど数多くのプロゴルフトーナメントを取材。
国内外のトッププロとも親交が厚く、中でもタイガー・ウッズに最も信頼されている
カメラマン。これまでの収録枚数は20万枚以上。

Date:2011.11.18 Category:アート, コラム, プレイ, リポート

PREMIUM GOLF

Waialae Country Club(Hawaii USA)
ワイアラエ カントリークラブ

Photo by Gary Kobayashi
Text by Ikuo Oyama


ハワイ屈指の超名門コースとして知られるワイアラエCC

Course History

ハワイ・オアフ島の中心地であるホノルル市街東方の高級住宅街カハラ地区に
1928年にオープンした超名門のプライベートコース。
このコースのオープンを記念して開催されるようになったのが
「ハワイアン・オープン・ゴルフトーナメント」です。

現在は冠スポンサー名こそ変わっていますが、米国PGAのツアー競技として
毎年1月に開催されています。

また、ハワイはもともと日系人が多いことから日本にもなじみが深く、
開場翌年の1929年には、宮本留吉、安田幸吉の2人のプロが日本人初となる
海外トーナメント出場をこの大会で果たしています。

当時は旅客機ではなく船旅での遠征ですが、長旅のなか、体をほぐす意味で
船上のデッキをランニングしたり、さらにクラブを振ったり、実際に海に向けて
ボールを打ったと、安田幸吉プロは当時を振り返り語っていました。


大会期間中は南東から吹く通称“コナウインド”が各選手を悩ませる

その後多くの日本人プロがこの大会に参加していますが、その中で最も印象に
残るのが1983年の大会で、青木功プロが最終日・最終18番・パー5ホールの
劇的なチップインイーグルを決めて、米国PGAツアーにおける日本人プロ初優勝を
飾ったことです。

なお、トーナメント開催時にはアウトコースとインコースを入れ替えますので、
劇的イーグル達成ホールは、通常のプレーでは9番ホールとなります。

現在でもプレーにはメンバー同伴が厳格に義務付けられている
ハワイ屈指の超名門コース、それがワイアラエCCです。

Photo by Gary Kobayashi
◇小林 滋(こばやし しげる)
ゲーリー・小林の名で知られる日本を代表するプロゴルフトーナメントカメラマン。
日本国内はもとより世界4大メジャーなど数多くのプロゴルフトーナメントを取材。
国内外のトッププロとも親交が厚く、中でもタイガー・ウッズに最も信頼されている
カメラマン。これまでの収録枚数は20万枚以上

Date:2011.11.08 Category:アート, コラム, プレイ, リポート

PREMIUM GOLF COUSE

アメリカ・カリフォルニア

PGAウエスト TPCスタジアムコース

PGA WEST TPC STADIUM COUSE

Photo by Gary Kobayashi
Text by Ikuo Oyama

正式には「PGA WEST TPC(トーナメント・プレーヤーズ・クラブ)
スタジアムコース。

この「PGA WEST」にはスタジアムコースの他、ジャック・ニクラス
(2コース)、アーノルド・パーマー、グレッグ・ノーマン、トム・ワイスコフら
が設計した全部で6コースがある。このうちニクラスとパーマーの3コース
はメンバーシップのためメンバー以外のプレーはできない。

西海岸のロサンゼルスから車で東に約2時間半に位置するデザート
(砂漠・荒野地帯)地域のパームスプリングスにあり、設計コンセプトは
トーナメントプレーヤーが技量の限りを尽くし、観客に見せ場を披露する
ことができるコースとして造成された。

その中でもピート・ダイ設計のスタジアムコースは、“ターゲットゴルフの真髄”
を要求される全米でも屈指の難コースとして知られる。
英国のリンクスコースを彷彿させる設計の中に、絨毯を敷き詰めたような
手入れが行き届いたフェアウエイが訪れたゴルファーを魅了するが、その反面、
コース内には池、バンカー、マウンドを巧みに配して戦略性を高めている。
コース規模は18ホール・7,261ヤード・パー72。これまで「ボブ・ホープ
クライスラー クラシック」などPGA TOURの大会を開催してきたチャンピオン
シップコース。

Gary Kobayashi  ゲーリー小林の名で知られる日本を代表する
プロゴルフトーナメントカメラマン。日本国内はもとより世界4大メジャーなど
数多くのプロゴルフトーナメントを取材。国内外のトッププロとも親交が厚く、
中でもタイガー・ウッズに最も信頼されているカメラマン。これまでの
収録枚数は20万枚以上。

Date:2011.03.25 Category:アート, コラム, プレイ, リポート

PREMIUM GOLF COUSE

アメリカ・ノースカロライナ

パインハーストリゾート

PINEHURST RESORT

Photo by Gary Kobayashi
Text by Ikuo Oyama

パインハーストリゾートのNO2コース

米国・南東部のノースカロライナ州に1895年にオープンしたのがパインハースト。
最初は温暖な地を生かしたリゾート地として建設が始まったが、その後、世界的に
知られるコース設計家、リース・ジョーンズ、トム・ファジオ、エリン・メープル、
巨匠・ドナルド・ロスらの手により、現在は8コース・144ホールを持つ世界有数の
一大ゴルフリゾートとして知られる。
その意味で現在でも、このパインハーストはゴルフだけでなくテニス、スパ(温泉)、
レストラン、結婚式場など地域を中心に世界中から多くの人々が集まる憩いの場
として、正式名称は「パインハースト リゾート」になっている。

ゴルフに関してはこれまで「全米オープン」「全米プロ」の4大メジャーを筆頭に
プロ、アマの多くのメジャー大会が開催されている。その中でも特に印象深いのが
1999年に開催された「全米オープン」だ。
この時優勝したのがペイン・スチュアート。ニッカボッカー姿の伊達男として人気が
高かったペインは、これを最後に不慮の航空機事故でこの世を去ってしまった。

ではNO1からNO8まであるコースを簡単に紹介しよう。

NO1

今や世界的に有名な「パインハースト リゾート」の歴史がこのコース誕生から
始まった。1898年、Dr.レロイ・クルバーが最初の9ホールを設計、その後、
ジョン・ダンが残り9ホールを設計する。最終的にはドナルド・ロスが18ホールの
コース改造を手掛けることになるが、この時の設計改造でロスは以後、世界的に有名な
コース設計家として知られることになった。
現在ではコース規模が全長6,093ヤード・パー70は狭い印象だが、
ボールが飛ばない当時としては長かったようだ。
さらに現在でもこのコースは十分に通用する。それはゴルフコースは距離ではなく、
ホール攻略とクラブを駆使してのコントロールに妙義と楽しさがあることを
証明しているからだ。

NO2

現在では世界に400か所ものコース設計を手掛けている巨匠ドナルド・ロスだが、
その代表傑作であり、また彼を世界的に有名にしたコースがこのパインハーストNO2
コースだ。全部で8コースあるパインハーストだが、今や、パインハーストと言えば
その代名詞となるのがこのNO2コースであり、世界中のゴルファーが一度はラウンド
したいコースにあげられる戦略性に富んだゴルフコースだ。

NO3

1910年にドナルド・ロスが設計したコース。その特徴はグリーンの芝にあり、
「ペンG-2ベント」という種類の芝をグリーンに採用。これまでにないスムースな
転がり、エキサイティングなパットができると評判になった。
USオープン、マスターズ勝者のベン・クレンショウも当時、1970年代の中で
最高のコースと称賛したほど。

NO4

これまではロス設計によるコースが有名だったパインハーストに新たな歴史が
加わった。それが2000年、やはり世界的に有名なコース設計家、トム・ファジオの
手によるコース、それがこのNO4コースの誕生だ。
2008年にはUSアマチュア選手権が開催されたが、コース内に点在する140もの
ポットバンカー、13、14番にまたがる池絡みのホールなど、その戦略性の高さは
折り紙つきだ。

NO5

1961年、ロスの設計理論を継承しつつ、新たなコンセプトでオープンしたのが
NO5コース。設計はエリス・メープル。その特徴は現在のパインハースト8コースの
中で最もウォーターハザードを多用したことだ。以後、コース設計に池やクリークを
ハザードとして採用する先駆けになったともいわれる。
また、アップヒル・ダウンヒル、右から左(その反対)、長いパー4、短いパー4と
各ホールがバラエティに富んでいるのもこのコースの特徴だ。

NO6

リース・ジョーンズとトム・ファジオが1979年設計したのがNO6コース。
2005年にバンカーのほかよりスリリングなパットができるグリーンなどチャンピオン
コースとして大改造され現在に至る。
特にバック9ホールは他のパインハーストのコースと比較して最も難しいといわれる。
ファジオ自身も最も好きなコースという。

NO7

1986年、リース・ジョーンズが設計したのがこのNO7コース。メインのクラブ
ハウスから1マイル(約1.6キロ)離れたところに立地しているが、今や、世界的に
有名なNO2コースに匹敵するほどの人気がある。その理由はゴルファーに多大な
挑戦意欲を掻き立てるという戦略性の高さとゴルフの醍醐味が満喫できるコース
デザインだ。

NO8

1996年、トム・ファジオが設計しオープンしたのがこのNO8コース。NO7同様、
メインのクラブハウスから約2マイルと離れた立地だが、グリーンやグリーン回りの
難易度の高さ、各ホールの戦略性の高さに定評があり、これまでUSクラブプロ選手権
が97、98年に開催されるなど、上級者受けするコース。

Gary Kobayashi  ゲーリー小林の名で知られる日本を代表する
プロゴルフトーナメントカメラマン。日本国内はもとより世界4大メジャーなど
数多くのプロゴルフトーナメントを取材。国内外のトッププロとも親交が厚く、
中でもタイガー・ウッズに最も信頼されているカメラマン。これまでの
収録枚数は20万枚以上。

Date:2011.02.28 Category:アート, コラム, プレイ

PREMIUM GOLF COUSE

アメリカ・ノースカロライナ

パインハーストリゾート

PINEHURST RESORT

Photo by Gary Kobayashi
Text by Ikuo Oyama

パインハーストリゾートのNo.2コース

 米国・南東部のノースカロライナ州に1895年にオープンしたのが
パインハースト。最初は温暖な地を生かしたリゾート地として建設が
始まったが、その後、世界的に知られるコース設計家、巨匠・ドナルド・ロス、
トム・ファジオ、エリン・メープル、リース・ジョーンズらの手により、
現在は8コース・144ホールを持つ世界有数の一大ゴルフリゾート
として知られる。

その意味で現在でも、このパインハーストはゴルフだけでなく、テニス、
スパ(温泉)、レストラン、結婚式場など地域を中心に世界中から多くの
人々が集まる憩いの場として、正式名称は「パインハースト リゾート」
になっている。

ゴルフに関してはこれまで「全米オープン」「全米プロ」の4大メジャーを
筆頭にプロ、アマの多くのメジャー大会が開催されている。
その中でも特に印象深いのが1999年に開催された「全米オープン」だ。
この時優勝したのがペイン・スチュアート。ニッカボッカー姿の伊達男として
人気が高かったペインは、これを最後に不慮の航空機事故でこの世を
去ってしまった。

では、No.1 から No.8 まであるコースを簡単に紹介しよう。

No.1

今や世界的に有名な「パインハースト リゾート」の歴史がこのコース誕生
から始まった。
1898年、Dr.レロイ・クルバーが最初の9ホールを設計、その後、ジョン・ダン
が残り9ホールを設計する。最終的にはドナルド・ロスが18ホールのコース
改造を手掛けることになるが、この時の設計改造でロスは以後、世界的に
有名なコース設計家として知られることになった。
コース規模は全長6,093ヤード・パー70と狭い印象だが、ゴルフコースは
距離ではなく、コース攻略とクラブを駆使してのコントロールの妙義と
楽しさがあることを証明したコースだ。

次回はパインハースト No.2 を紹介しよう。

Gary Kobayashi  ゲーリー小林の名で知られる日本を代表する
プロゴルフトーナメントカメラマン。日本国内はもとより世界4大メジャーなど
数多くのプロゴルフトーナメントを取材。国内外のトッププロとも親交が厚く、
中でもタイガー・ウッズに最も信頼されているカメラマン。これまでの
収録枚数は20万枚以上。

Date:2011.02.24 Category:アート, コラム, プレイ

文:大山 郁夫

写真:ゲーリー小林

 尾崎将司

60歳を過ぎた現在でもあくまで
レギュラーツアーに固執し、
その飽くなき探究心に衰えはなく、
日本のゴルフ界を牽引する存在感を
依然として輝き放っている
不世出のプロゴルファーである。

日本ゴルフ史上に燦然と輝く

『ジャンボ尾崎

前人未到113勝の軌跡!』

1960年から開催されている大会で公式競技以外では最も伝統のあるスポンサー大会。開催コースの名古屋ゴルフクラブ和合コースは距離のないトリッキーなコースのため、豪打で攻めるジャンボ尾崎プロにとっては苦手のコースだったが、87年に初優勝後、95、96、97年と3連覇し、豪打だけでなくショートゲームの上手さも実証した。

  ジャンボ尾崎◎エピソード

  ジャンボ尾崎プロはスウィング理論・ゴルフクラブ理論・ゴ
  ルフコース設計理論にも精通し、その卓越した理論・論
  調・探究心・実戦力は他のプロの追随を許さず、それが
  ジャンボ尾崎プロにとってプロゴルフ史上に燦然と輝く
  113勝の原動力になっている。
  中でもゴルフクラブやボールなどの開発に力を注ぎ、真っ
  先にメタルヘッドやカーボンシャフト、プレシジョンFM
  シャフト、ツーピースボールと、その時代の最先端素材を
  いち早くツアーの試合で紹介・使用するなど、現在のゴル
  フクラブの発展にも大きく寄与している。

太平洋クラブマスターズ、東芝太平洋マスターズ、VISA太平洋クラブマスターズ、住友VISA太平洋マスターズ、そして現在の名称に変わったが、ジャンボ尾崎プロは73年に初優勝後、92、94年と3勝している。この大会は毎年11月に開催されるためツアーの終わったアメリカ、ヨーロッパの一流選手が参戦することから日本人プロが勝てない大会だったが、73年の優勝は日本人としての初勝利だった。

ジャンボ尾崎プロが尊敬する一人の
王貞治さん。野球界出身のジャンボ尾崎プロは
長嶋茂雄さんとともに王さんに対しても
最大限の尊敬の念を抱いている。

徳島・海南高校野球部時代の捕手だった
佐野木計至さんが28歳からエースキャディとして帯同。
これは日本初のプロキャディの採用でもあった。
息の合ったコンビと試合中のオーバーアクションが
多くのギャラリーを楽しませる。写真は「カシオワールド
オープン」でのまさにカップインする際の1コマ。

国内賞金最高額として知られる大会。三井住友VISA太平洋マスターズの翌週に行われることから、ツアーが終了したアメリカやヨーロッパの一流選手が参戦することで日本人の優勝者が少ないこの大会で、ジャンボ尾崎プロは94、95、96年と唯一3連覇している。中でも96年大会での優勝は自身としての記念すべきプロ通算100勝目になったが、プロ初勝利の「日本プロゴルフ選手権」の開催コースも、実はこの大会が開催されるフェニックスカントリークラブ(宮崎県)だった。

1988年、東京ゴルフ倶楽部(埼玉県)で
開催された「日本オープン」の表彰式。三者による
三つ巴の熾烈な戦いを制したジャンボ尾崎プロ。
この頃がA・O・N(青木功、尾崎将司、中嶋常幸)
全盛時代であった。

世界4大メジャー初のグランドスラマーやサンドウェッジの考案者として知られる伝説の名プレーヤーであるジーン・サラゼン(米国)が、引退した1977年にその偉業を称える意味で作られた大会。1999年にサラゼンが急逝するまで23回開催された。ジャンボ尾崎プロも尊敬する偉大なプロの冠が付いたこの大会で、83、86、87、91、96年と5勝している。写真は大の親日家であったサラゼンさんと表彰式でのもの。

テレビマッチの収録で“新帝王”のトム・ワトソン(右)と
スペインの星、セベ・バレステロス(左)とくつろぐ
ジャンボ尾崎プロ。現在も国内はもとより海外の
トッププレーヤーから尊敬され、愛されている。

96年11月、ダンロップフェニックストーナメントでプロ通算100勝目を達成。その瞬間を捉えたもの。開催コースの宮崎フェニックスCCは初優勝した「日本プロゴルフ選手権」が開催されたコースでもある。ジャンボ尾崎プロにとっても特に印象に残るコースと言える。


 (左)国内ツアー秋の陣恒例の北海道で開催される大会。
 1973年に「全日空札幌オープン」として開催されて以来、
 「全日空オープン」そして現在の名称に変わっている。
 ジャンボ尾崎プロは73年の初開催で優勝を飾り74年も連覇、
 その後89、92、94、95、02年と7勝を飾っている。
 中でも2002年大会は55歳7ヶ月29日での優勝という
 ツアー制施行以来の最年長記録を樹立しての勝利だった。

                                 (End)

Date:2010.11.12 Category:アート, ゴルファー, リポート