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文:武藤 一彦

 今年もクリスマスカードが舞い込んだ。「SANKYOレディースオープン」
の毒島秀行大会会長名。郵便はがきに印刷されたカードは、もう5年余に
なろうか、毎年イブの前日に贈られてくる。心を温かくするカードである。

 時候の挨拶の後にこうある。「2009年のLPGAツアーは、華々しい
プレーの余韻を残したまま、先月その幕を閉じました。今季は近年稀に見る
熾烈な賞金女王レースが繰り広げられ、年間4勝以上のプレーヤーが4人も
出現するという大激戦となりました。ツアーがこのように大きな盛り上がり
を見せましたのも、皆様のご取材,ご報道によるご助力の賜物と、心より
感謝申し上げます。

 また、10回記念の本大会におきましても、ひとかたならぬご協力を
いただき、重ねて感謝申しあげる次第です」

 文面は報道関係者への感謝の念を表しているのだが、であればなおさら、
心が温まる。感謝の気持ちをきちっと相手を特定して発する。ということは、
選手各位、その他関係者には、改めてより一層の強い感謝の意が必ず発せられ
ているはずだ。

 何よりもここには、1スポンサーだけでなく、女子ゴルフ界全体の発展を
心から喜ぶ気持ちがあふれている。今季、女子ツアーは34競技が行われた。
そのすべてを念頭に、その成功を感謝する、素晴らしいスポンサーシップ。
大会の主催者はこうありたい、と思うのである。

 

宮里 藍、10年目にして初出場・初優勝
ジョンのプレーにゴルフの怖さを痛感!

 

10年目にして初出場・初優勝をあげた宮里 藍

 

 第10回記念大会とタイトルのついた09年「SANKYOレディースオープン」
は宮里藍が大逆転で優勝を飾った。先に上がった宮里が68のベストスコア、
4アンダー、通算スコアも4アンダー。「今日はいいゴルフができました」と
にっこりしている時、首位を独走していた最終組の全美貞(ジョン・ミジョン)
が最終18番、パー5の3打目を池に入れるダブルボギーであっという間の逆転劇。
しかも17番でもダブルボギーというゴルフの怖さ、難しさをドラマチックに演じた。

 
 カードに話が戻る。「年間4勝以上のプレーヤーが4人」「近年まれにみる
激戦」とあるのは、全美貞に対する、主催者側のホットした気持の表れだと思う。
いやきっとそうである。

 全の負け方は「ゴルフにはこういうこともあるさ」と片づけられない一面
があった。2ホールで4打も失う自滅は、ゴルファーとしての尊厳にかかわる。
あのシーンを見た時、ジョン・ミジョンは大丈夫だろうか?と思った。ああいう、
起こらざるべきことは怖いのである。なぜ怖いかというとゴルファーの脳裏を
よぎる恐怖心だ。

 トラウマは人の脳裏に悪い思いが残り、それが同じ状況になった時、同じよう
に引き起こされるが、そういう恐怖感があの時、他の女子プロにも起こったと
いうことだ。

 "あー、私もやりそうだな、いやなもの見ちゃったな"というゴルファー
ならではの自己中心的な感情だ。むろん、当の全の心情は察するに余りある。
なぜなら目の前の80ヤードのアプローチを池に入れた。普段通りならグリーン
真中に乗せて2パットで勝ちの状況から池に入れてしまった。

全はホールアウト後、一切、口をきかずコースを後にした。心情を察した周辺も、
声をかけなかった、当然の思いやりであろう。

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ゴルフの恐怖心に自ら打ち克って優勝したジョン・ミジョンの精神力の強さに敬服した

 

 しかし、全は立ち直った。3週後、「樋口久子IDC大塚家具レディス」
だった。最終日、3位からスタートした全は、ベストスコアタイの67
をマークして逆転優勝を飾った。この日はくしくも彼女の27歳の誕生日
だった。

 「今日もまたやるのじゃないか」と「SANKYO」の悪夢は最後まで
憑いてまわったという。が、全はその恐怖心を自らの力で打ち破った。
そして優勝者は声を放って泣いた。4勝目。自信と尊厳を取り戻した。
誰もがうれしかった。周辺はほっとした。

 

最もドラマチックだったのは"大会"そのもの

 2005年に遡る。
 その年、プロ2年目の宮里藍は年間6勝を上げた。そして07年から
米ツアーに専念。その05年の「SANKYOレディース」は、"がっくり"と
肩の力が抜ける音が聞こえるほどショックを受けた。

 大会直前、宮里藍が故障で大会に出場できなかったのだ。「日本女子
オープン」で4万余のギャラリーを独り占めの藍ちゃんは、そこで力尽き、
根も尽きた。そのため翌週の「SANKYO」はドタキャン。

 それ以前も出場していなかったから今回が、大会10年目にして初出場
だった。あれ以来、そのことを一言も言わず、09年大会は待望の初出場。
そんな宮里の出場を関係者は誰よりも喜んだ。そして優勝を心から喜び
たかった。しかし、全を思うと・・・ゴルフは本当に難しい。

 宮里にはまさにドラマチックな優勝劇だった。だが、実はもっとも
ドラマの筋書きを持っていたのは"大会"そのものであった、ということ
のような気がする。
 09年のクリスマスカードはカイロのように暖かかった。

写真は産経デジタルより

 

 

◇武藤 一彦(むとう かずひこ) ゴルフジャーナリスト 評論家。
報知新聞社運動部、編集委員、専属評論家を経て現職。トーナメントの
テレビ解説、コラムなど幅広く活躍。日本プロゴルフ協会(JPGA)
理事、日本ゴルフトーナメント振興協会メディア委員会委員、世界ゴルフ
殿堂選考委員。1939年11月、東京生まれ。

Date:2009.12.23 Category:コラム