PREMIUM GOLF
難易度全米NO1のホールにチャレンジ!!
KOOLAU Golf Club(Hawaii U...
文:武藤 一彦
写真:ゲーリー小林

リー・トレビノは陽気なメキシコ人。大口を開けて笑い。
いつも陽気でプレーは早く、歯切れがいい。時に悪ふざけが過ぎ、
破天荒なことをやって周囲をびっくりさせた。
1971年の全米オープンのヘビ事件というのがあった。
トレビノはティグラウンドで、ジャック・ニクラスにゴムのおもちゃの
ヘビを投げつけた。おもちゃは本物そっくりで、びっくりしたニクラスの
怖がり方が世界中の話題となった。
練習ラウンドのリラックスした雰囲気の中だったが、コースは
アメリカきっての名門コース、メリオンゴルフクラブ。厳粛なメンバーコースは
ちょっぴりおかんむりで、後でトレビノはお小言をもらったりした。
皮肉なことに大会はトレビノとニクラスのプレーオフにもつれ込み、
18ホールの熱戦はトレビノが優勝したから、悪ふざけで済まなくなった。
トレビノの作戦勝ち、「汚い手を使った!」うがった見方が世界を走ったものだ。

1939年12月生まれ。ニクラスとは同い年の今年70歳。
アーノルド・パーマーのまる10歳下、トム・ワトソンの10歳上。
その人生は米ツアーの絶頂期をしっかりと生き抜いてしたたかだ。
この階層の中で不動の存在感を示すトレビノの生き方、処世術ということを
考えると、その破天荒さ、悪ふざけもわかるように思える。
アーノルド・パーマー、ゲーリー・プレイヤー、ジャック・ニクラスで
形成される“ビッグスリー時代”を一人のメキシコ人ゴルファーが
必死に生きようとした姿が浮かび上がってくる。
当時、メキシカンのゴルファーは珍しく、ハイクラススポーツといわれる
ゴルフ界ではまさに異端者だった。
トレビノはテキサス州ダラス出身。メキシコ移民の家庭で生まれた時、
父はいなかった。電気も水道もないゴルフ場横の管理小屋で育った。
貧しい生活。小学校は8年生途中でやめた。コースの芝刈り、キャディ、
靴磨きなどで家計を助けた。
祖父の時代にはすでにそこに住んでいた。母方の祖父は、巡回墓掘り人を
していた。生活はまさにどん底だった。
トレビノはゴルフを見様見真似で覚えた。1960年にプロ入りするが、
コースで働く生活に「希望が持てなくなった。このままコースの整備を
しているばかりの生活を変えよう」と海兵隊に入隊、沖縄にも一時
駐留したこともある。
プロ入りはそのずっと後のことだ。 (To be continued)
◇武藤 一彦(むとう かずひこ) ゴルフジャーナリスト 評論家。
報知新聞社運動部、編集委員、専属評論家を経て現職。トーナメントの
テレビ解説、コラムなど幅広く活躍。日本プロゴルフ協会(JPGA)理事、
日本ゴルフトーナメント振興協会メディア委員会委員、世界ゴルフ殿堂
選考委員。1939年11月、東京生まれ。
◇小林 滋(こばやし しげる) ゲーリー・小林の名で知られる
日本を代表するプロゴルフトーナメントカメラマン。日本国内はもとより
世界4大メジャーなど数多くのプロゴルフトーナメントを取材。国内外の
トッププロとも親交が厚く、中でもタイガー・ウッズに最も信頼されている
カメラマン。これまでの収録枚数は20万枚以上。
Date:2010.08.09 Category:ゴルファー