PREMIUM GOLF
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KOOLAU Golf Club(Hawaii U...



70年にプロ入り後、翌年の71年早くもプロ初優勝を飾った。その記念すべき第1勝目がメジャー競技の「日本プロゴルフ選手権」だった。この年は他に日米対抗、ゴルフダイジェスト、瀬戸内サーキット広島、日本シリーズと5勝を挙げている。
1947年1月24日生まれ。徳島県出身。
1964年春、徳島・海南高校のエースとして選抜高校野球大
会に優勝。翌年、プロ野球・西鉄ライオンズに入団するも4年
後に退団して21歳でプロゴルファーを目指す。70年にプロ
テスト一発合格。翌年の71年には早くも初勝利を「日本プロ
ゴルフ選手権」というメジャー大会で飾るとともにこの年、年
間5勝を挙げる。
鮮烈なプロデビューのうえ、当時としては珍しい大型プロゴル
ファーの出現と常識を覆すような長打とその破壊力でプロゴル
フ界を席巻する。そして大型ジェット旅客機ボーイング747
型、通称“ジャンボ”機就航と共に、容姿とスケールの大きな
ゴルフから名付けられた“ジャンボ尾崎”のニックネームのも
と以後、日本のゴルフ人気を大いに高める。
賞金ランク制が始まった73年から99年までの26年間に12
度の賞金王に輝いたほか、96年の「ダンロップフェニックス
トーナメント」では前人未到のプロ通算100勝目を達成。現在
はその数を113勝(うちツアー94勝)にまで伸ばしている。

日本プロゴルフ選手権開催の翌年、1927年に初開催された日本で最も権威のある競技。ジャンボ尾崎プロは74年に初優勝後、88、89年と連覇、92、94年にも勝利し5勝している。中でも88年、東京ゴルフ倶楽部(埼玉県)での開催では、追随する中嶋常幸、青木功プロと後世に残るA・O・N(青木・尾崎・中嶋)の熾烈な争いを演じ見事に勝利した。
これまでジャンボ尾崎プロがプロゴルフ界に残した記録・功績
は数多く、94年は年間7勝を飾り、ツアー初の年間獲得賞金
2億円を突破。これは各大会の賞金総額が少ない時代での記
録だった。さらに02年の「全日空(現ANA)オープン」では
55歳という、73年からのツアー制施行後の最年長優勝記録
も打ち立てた。
一方、海外でも73年の「マスターズ」で東洋人として初のベス
ト10入りとなる8位と活躍、さらに89年の「全米オープン」
では最終日に一時首位に並んで日本人メジャー初制覇の期
待を抱かせるなど“ジャンボ尾崎”の名を世界に知らしめた。
また生涯獲得賞金も26億円を超えて他の追随を許さない第1
位のほか、95年から97年には年間平均ストローク68台を
記録した唯一のプロでもある。
60歳を過ぎた現在でもあくまでレギュラーツアーに固執し、そ
の飽くなき探究心に衰えはなく、石川遼も技術・メンタル面の
師と仰ぐなど多くの後輩たちを指導するとともに、日本のゴル
フ界を牽引する存在感を依然として輝き放っている不世出のプ
ロゴルファーである。