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文:大山 郁夫

写真:ゲーリー小林

10月6日、“ジャンボ”尾崎将司プロの世界ゴルフ殿堂入りが
発表されました。これはジャンボ尾崎プロがこれまで残した功績に対し、
世界ゴルフ殿堂委員会が称えたもので、日本人プロでは樋口久子(2003年)
青木功(2004年)岡本綾子(2005年)に続く4人目となります。
なお、表彰は来年5月、米国フロリダ州セントオーガスティンにある世界ゴルフ殿堂
(フォール・オブ・フェイム)で行われます。
ジャンボ尾崎プロは1970年にプロデビュー、翌71年に「日本プロゴルフ選手権」で
初優勝を飾ると、2002年までの間に113勝を達成、その間に賞金王12回、
年間最多優勝8回、最年長優勝記録(55歳7ヶ月29日)等その記録・足跡は、
現在、日本ゴルフ史上に燦然と輝いています。
そこで今回は世界的に有名なトーナメントカメラマン、ゲーリー小林氏の全面的な
協力のもと、その貴重な写真を使って『ジャンボ尾崎 前人未到113勝の軌跡!』を
掲載いたします。
ゴルフ専門誌でも真似のできない特別企画ですので是非堪能してください。

日本ゴルフ史上に燦然と輝く

『ジャンボ尾崎 前人未到113勝の軌跡!』

70年にプロ入り後、翌年の71年早くもプロ初優勝を飾った。その記念すべき第1勝目がメジャー競技の「日本プロゴルフ選手権」だった。この年は他に日米対抗、ゴルフダイジェスト、瀬戸内サーキット広島、日本シリーズと5勝を挙げている。

 尾崎将司(おざき まさし)プロ 
 プロフィール

  1947年1月24日生まれ。徳島県出身。
  1964年春、徳島・海南高校のエースとして選抜高校野球大
  会に優勝。翌年、プロ野球・西鉄ライオンズに入団するも4年
  後に退団して21歳でプロゴルファーを目指す。70年にプロ
  テスト一発合格。翌年の71年には早くも初勝利を「日本プロ
  ゴルフ選手権」というメジャー大会で飾るとともにこの年、年
  間5勝を挙げる。

  鮮烈なプロデビューのうえ、当時としては珍しい大型プロゴル
  ファーの出現と常識を覆すような長打とその破壊力でプロゴル
  フ界を席巻する。そして大型ジェット旅客機ボーイング747
  型、通称“ジャンボ”機就航と共に、容姿とスケールの大きな
  ゴルフから名付けられた“ジャンボ尾崎”のニックネームのも
  と以後、日本のゴルフ人気を大いに高める。

  賞金ランク制が始まった73年から99年までの26年間に12
  度の賞金王に輝いたほか、96年の「ダンロップフェニックス
  トーナメント」では前人未到のプロ通算100勝目を達成。現在
  はその数を113勝(うちツアー94勝)にまで伸ばしている。

日本プロゴルフ選手権開催の翌年、1927年に初開催された日本で最も権威のある競技。ジャンボ尾崎プロは74年に初優勝後、88、89年と連覇、92、94年にも勝利し5勝している。中でも88年、東京ゴルフ倶楽部(埼玉県)での開催では、追随する中嶋常幸、青木功プロと後世に残るA・O・N(青木・尾崎・中嶋)の熾烈な争いを演じ見事に勝利した。

  これまでジャンボ尾崎プロがプロゴルフ界に残した記録・功績
  は数多く、94年は年間7勝を飾り、ツアー初の年間獲得賞金
  2億円を突破。これは各大会の賞金総額が少ない時代での記
  録だった。さらに02年の「全日空(現ANA)オープン」では
  55歳という、73年からのツアー制施行後の最年長優勝記録
  も打ち立てた。

  一方、海外でも73年の「マスターズ」で東洋人として初のベス
  ト10入りとなる8位と活躍、さらに89年の「全米オープン」
  では最終日に一時首位に並んで日本人メジャー初制覇の期
  待を抱かせるなど“ジャンボ尾崎”の名を世界に知らしめた。

  また生涯獲得賞金も26億円を超えて他の追随を許さない第1
  位のほか、95年から97年には年間平均ストローク68台を
  記録した唯一のプロでもある。

  60歳を過ぎた現在でもあくまでレギュラーツアーに固執し、そ
  の飽くなき探究心に衰えはなく、石川遼も技術・メンタル面の
  師と仰ぐなど多くの後輩たちを指導するとともに、日本のゴル
  フ界を牽引する存在感を依然として輝き放っている不世出のプ
  ロゴルファーである。

                        (To be continued)

Date:2010.11.08 Category:アート, ゴルファー, リポート