パーマー、攻撃ゴルフの真髄
アーノルド・パーマー(アーノルド・ダニエル・パーマー)は、1929年9月10日、アメリカのペンシルベニア州ラトローブに住むプロゴルファーの家に生まれた。
文:武藤 一彦
写真:ゲーリー小林

1980年、パーマーが50歳の年、米シニアツアー(現チャンピオンズ
ツアー)が立ち上がった。パーマーが歩く後ろを往年の名選手が列をなして
笑顔で続いた。大企業がこぞってスポンサードし財政支援。それに数倍も
値するチャリティー寄金は、どのスポーツ組織よりも多く集まった。
自家用ジェットを自分で操縦し、アンブレラのワンポイントマークを世界に
浸透させた。彩り豊かな傘のマークは、今また日本で女性の人気商品になって
いる。
しかし、実業家としても財を成したパーマーではあるが、やはり心底、
ゴルファーだった。
いまだにレザーグリップを使っているはずだ。そのグリップを自分で
シャフトにくるくると巻きつける手際の良さ。日本で開発されたばかりの
ピンク色の細いシャフトをメーカーから送られ、あたかも孫娘を抱くかのように
持って帰る姿は思わず抱きつきたくなるほどの妙な親しみを覚えたものだ。
選手生活の晩年、功なり名を遂げて日本に足繁くやってきたが、どんな
質問にも真正面から答えてくれた。太く底響きのする声、ゲップを平気で
放つ野放図さは驚きだったが、「おっと、ビール飲んじゃってね。エクスキューズ
ミー」と、くしゃくしゃのあの笑顔で口を覆うしぐさは女性っぽくて今でも
忘れられない。

「チャージってどうやるんですか?」と意を決して聞いたことがある。
「集中してプレーすることだよ」返事は即座に返ってきた。
こんな内容だ。
「私は1番ホールでバーディを取ることをいつも目指す。1番で取れなければ、
もしかすると1日中バーディを取れない。そんな不安を持ってのプレーが
嫌なんだ」
そして、スタートからの7ホールで6バーディを取って、4日間トップを
走り続け、10打以上の大差で勝った時の話を、嬉々として披歴してくれた。
それは誰の気持ちも明るくしたものだ。

―チャージとは?
「はじめの3ホールは軽く流していけとか、勝負は上がりの3ホールというよね。
誰が決めたんだろうね。私は、ゴルフとはそんなに自分の決めた通り、思いの
ままにいかないものだと受け止めている。だから、バーディのチャンスがある、
まだ18ホールもある1番からバーディを狙うことにしている。1番で取れ
なかったら2番、2番がだめだったら3番。それがゴルフだ。そのために
ボールを打って練習してきた。ミスをするため、あるいは、ミスを恐れて何も
やらないために練習したのではないよ」
Do my best。「ベストを尽くす」
それがチャージである。
1929年9月生まれ。80歳。
1番ホールを怖がってないか。どこかで18番よりも軽視して捉えていない
だろうか? いや、あなたですよ、あなた!
逃げの人生を今日から封印。パーマーに習って。 (End)
参考文献 「私のゴルフ、あなたのゴルフ」
(アーノルド・パーマー、岩田禎夫訳、報知新聞社刊)
◇武藤 一彦(むとう かずひこ) ゴルフジャーナリスト 評論家。
報知新聞社運動部、編集委員、専属評論家を経て現職。トーナメントの
テレビ解説、コラムなど幅広く活躍。日本プロゴルフ協会(JPGA)理事、
日本ゴルフトーナメント振興協会メディア委員会委員、世界ゴルフ殿堂
選考委員。1939年11月、東京生まれ。
◇小林 滋(こばやし しげる) ゲーリー小林の名で知られる日本を
代表するプロゴルフトーナメントカメラマン。日本国内はもとより世界4大
メジャーなど数多くのプロゴルフトーナメントを取材。国内外のトッププロ
とも親交が厚く、中でもタイガー・ウッズに最も信頼されているカメラマン。
これまでの収録枚数は20万枚以上。
Date:2010.09.02 Category:ゴルファー