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武藤一彦のUSPGAツアーリポート

 頂点に立つということは次の目標を迫られる人生のステップ。
 女子ゴルフの世界ランキングトップ、ロレーナ・オチョア(メキシコ)
が引退する。


足早に頂点まで駆け上がったスターは
次のステージに"家庭"を 選んだ

 トップアマからプロ入り、2003年に米ツアー本格参戦の28歳。
06年からは3年連続賞金女王。アニカ・ソレンスタム(スウェーデン)
引退後の女子プロゴルフ界をさわやかに力強くけん引した。引退の理由は
近く記者会見で明らかになるが、家庭に人生の重点を置きたい、という。

 ソレンスタムに次ぐ絶頂時のスター選手の突然の引退。女子のトップ
プレーヤーに今、何が起こっているのだろうか。

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現役最後の試合を終えたアニカ・ソレンスタム
(ADTチャンピオンシップ、2008年11月)

 昨年12月、オチョアはメキシコの実業家と結婚。相手は再婚で3人
の子供がいる。賑やかな家族、生活環境の変化。オチョアは近しい人に、
「子供を産んでもっと家族を増やしたい」と言っているという。

 10歳でゴルフを始めたオチョア。天才少女ともてはやされ、タイガー
の女性版と言われ、メキシコではスーパースター。国民的なアイドルだ。
 メキシコ第2の都市、グアダラハラで農園を経営する名家の出で、兄たち
も国内のトップゴルファー。彼女は世界ジュニアのタイトルを取ること5回、
名門、米国・アリゾナ州立大に留学、2年間で20戦12勝。向かうところ
敵なしとはこのことだろう。

 大学は2年で中退、2001年プロ入り、ツアーの登竜門、米女子2部
ツアーのフューチャーツアーで10戦3勝、2位4回で賞金女王。USLPGAの
シード権を手にした。本格参戦した2003年は賞金ランキング9位、以後27勝、
急ピッチで世界一の座へ駆け上がったのは誰もが知るところだ。

早熟ゴルファーの決断
心に描く夢、次なる人生へ向かって

 なぜ引退?
 ここのところの米ツアーは韓国勢の急成長が著しいが、すべて20代前後の
アラウンドトゥエンティー世代。しかし、そんな若返り現象に火をつけたのは
オチョアと同世代の選手たちだった。
 15歳のミッシェル・ウィをはじめモーガン・プレッセル、ポーラ・クリーマー
たちが当時の女王・ソレンスタムに群がり襲って、本当に勢いがあった。
その後の韓国勢の台頭、日本女子ツアーの若返り、"アラトゥエンティー"の
活躍こそ、実はオチョア自身が蒔いた種なのだ。
 しかし、そうした中、頂点を極めるにつれ、別の目標を目指すのは人の常
なのだろう。

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2010年の米国女子ツアー開幕戦を翌日に控えた共同記者会見。
左から、ロレーナ・オチョア、ミッシェル・ウィ、ポーラ・クリーマー

 結婚、出産、次なる人生。オチョアがアリゾナ州立大学の先輩、ソレンスタム
の生き方に共鳴したと見るのは飛躍していないと思う。先ごろ、横峯さくら
が「30歳で引退」と爆弾発言していたが、"早熟ゴルファー"の多くはそうした
夢を心のどこかに描いている。
 28歳の早すぎる引退は、世間一般の常識では到底考えが及ばない。だが、
10代で地位も名誉も財産も得た彼女たちは、一般的には測れない尺度で
次なる人生を歩き出そうとしているのだ。

8年前の淡い思い出・・・
トップレディス・オチョアにエールを送る!

 オチョアには思い出がある。
 2002年、神奈川・箱根CCで行われた「日本女子オープン」に出場した。
フューチャーツアーで賞金女王になったものの、シード権発効は翌03年
から。試合のないオチョアは"戦いの場"を求めて日本に来た。
 プロゴルファー・オチョアが初めて海外遠征したのが日本ツアー、それも
「日本女子オープン」というナショナルオープンの舞台だった。

 日本では全く無名のメキシコ人プレーヤーは、兄・アレキサンドロを
キャディに初日首位に立ち、結果は3位と好成績だった。コースの上にある
ホテルのレストランで毎日顔を合わし、一緒に食事をした。
「温泉が気持ちいい」と喜んでいた。
 それ以来、米女子ツアーで応援する、外人選手のトップリストに置き、
注目していた。そして一挙にトップレディスにのし上がった。我がことのように
うれしかった。今となってはいい思い出である。

 幸多かれ、と祈る。メキシコからアメリカを経て家庭へ。
 小さなカップを目指すゴルフというゲームに長けた才能は、今後の人生
にもきっと生きるはずだ。

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2010年「HSBC女子チャンピオンズ」初日、同組で好スタートを切ったオチョアと宮里藍

写真はGDOより

◇武藤 一彦(むとう かずひこ) ゴルフジャーナリスト 評論家。
報知新聞社運動部、編集委員、専属評論家を経て現職。トーナメントの
テレビ解説、コラムなど幅広く活躍。日本プロゴルフ協会(JPGA)理事、
日本ゴルフトーナメント振興協会メディア委員会委員、世界ゴルフ殿堂
選考委員。1939年11月、東京生まれ

Date:2010.04.23 Category:リポート