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文:武藤 一彦
写真:ゲーリー小林

LEGEND OF GOLFER   Severiano Ballesteros

スペインの生んだゴルフのヒーロー

駆け抜けた奇跡の人生

“青いマタドール”のニックネームでどこまでもアグレッシブなゴルフを

展開していたセベ。日本だけでなく世界中のゴルフファンを魅了した

“怒って振ってニッコリ頷く”

怒りと笑顔のコントラストでたちまち日本のファンを魅了

 「セベ」と馴れ馴れしく呼ぶことを許してもらえる仲であると断るのも
変だけれど、彼に「あなたはマイ・ラッキー・チャームだ」と言われたことが
ある。勝利を呼び込むラッキーな人、僕のお守りみたいな人。

 何回日本にやってきたか数えたことがないので正式な数はわからないが、
トップスターで彼ほど日本に何度もやってきた選手はいない。日本の戦績だけ
をとっても「日本オープン」2連覇(77,78年)、「ダンロップフェニックス」
2勝(77,81年)、「太平洋マスターズ」(88年)、「中日クラウンズ」(91年)
と6勝である。
 日本での初勝利は77年の「日本オープン」、その直後に「ダンロップ」に
勝ち、翌年にまたやってきて「日本オープン」を連覇した。失礼ながら、嫌と
いうほどスペインの若者の優勝を見せられて、驚くやらうんざりするやら。

 それほどバレステロスという男は強かったということだが、そんな優勝の
あるインタビューの時、私が冗談まじりに「俺が取材する時、優勝するのは
いつもセベ、君ばかりで正直うんざりしている」となかば本音の質問。
怒ろうと気を悪くしようと、あまりにも強すぎる言葉だったに違いない。
 新聞記者としては書きネタがないほど悲惨なことはない。“何でもいいから
面白いことをいってほしい”そんな決意もあって発した質問だった。
 その直後、返ってきたのが「マイ・ラッキー・チャーム」だったということだ。
“お前さんがいると俺は勝つことができる、いつまでもお守りでいてくれよな”
あの涼しげな目元を和らげ、白い歯をのぞかせてそう言われるとグンニャリした。
意外な答えにぶつかって、うろたえた自分が情けなかった。
 ほろ苦い思い出である。

 「スペインの選手だってさ、珍しいね、見よう見よう」とプレス仲間を誘い合い、
コースに出て初めて見た印象は新鮮な驚きだった。
 黒い髪に憂いの潜むまなざし。グレーのパンツ、白いシャツが決まっていた。
大股で歩き、膝を深く前傾をとり、さっと上げグーンと沈み込むと、胸も顔も鼻も
みんなボールの後を追っかけた。
 フィニッシュでもう一回座るようなシッティングダウン。

トーナメント会場では攻撃ゴルフで男性ファンを

甘いマスクで女性ファンを惹きつけた

 後で頷いたことだが、スペイン舞踊は“怒ったように踊る”のだそうだ。
そういえばバレステロス、いつも怒ったようにプレーした。
 怒って振ってニッコリ頷く。
 怒りと笑顔のコントラストが魅了する、あるいは魅了される、エッセンス
だった。                         (To be continued)
なお、「セべ・バレステロス その2」は11月30日に公開します。是非、ご覧ください。

◇武藤 一彦(むとう かずひこ) ゴルフジャーナリスト 評論家。
報知新聞社運動部、編集委員、専属評論家を経て現職。トーナメントの
テレビ解説、コラムなど幅広く活躍。日本プロゴルフ協会(JPGA)理事、
日本ゴルフトーナメント振興協会メディア委員会委員、世界ゴルフ殿堂
選考委員。1939年11月、東京生まれ。

◇小林 滋(こばやし しげる) ゲーリー小林の名で知られる日本を
代表するプロゴルフトーナメントカメラマン。日本国内はもとより世界4大
メジャーなど数多くのプロゴルフトーナメントを取材。国内外のトッププロ
とも親交が厚く、中でもタイガー・ウッズに最も信頼されているカメラマン。
これまでの収録枚数は20万枚以上。

Date:2010.11.23 Category:ゴルファー