Contents|Premium Golf WEB Magazine

メルマガ会員登録

文:武藤 一彦
写真:ゲーリー小林

LEGEND OF GOLFER   Severiano Ballesteros

スペインの生んだゴルフのヒーロー

駆け抜けた奇跡の人生

トラブルショットからの脱出なら世界一と言わしめたセベの

ゴルフ。その成功の裏には卓越したテクニックがあった

大きく曲がった伝説のドライバーショット

ラッキーが生んだ“いわく”

 バレステロスを語るうえで忘れてはならないのは、初の「全英オープン」
タイトルをとった79年だ。
 開催コースのロイヤルリザム&セントアンズの有名な16番ホール・パー4は
左ドッグレッグ。セベはティショットを右に打つと、ボールは役員の駐車場に
飛び込み、オースプーンチンハーレーの車の下に潜り込んだ。そこはOBではなく、
インバウンド。車を動かすと、セベはアイアンでピンそばにつけバーディを取った。
 セベの「カー・パーキング・ロット・ショット」として知られる伝説のショット
である。
 このショットに関しては、あれほど曲げて優勝したラッキーな男という評価が
後日、声高に言われた。
 それに対してセベは「左ドッグレッグ、ピンは左奥。だから右の駐車場に打ち
ピンをストレートで攻略した、おれの作戦だよ」と、人差し指でこめかみをコツコツ
と叩いて“頭、いいだろう”と言い続けた。

 この話は1980年の「マスターズ」でもぶり返された。やはりセベの大曲り
したドライバーショットに関するエピソードによる。
 大会の予選ラウンド17番ホール・パー4。セベのドライバーショットは左へ
大きく曲がり、左の林を越えた。この日3回目の大曲り。何とボールは隣接する
7番グリーンに“オン”した。
 オーガスタナショナルの7番ホールは最も短い“ショートパー4”で、セカンド
ショットはウェッジにも関わらずグリーンを捉えるのが最難関で、それほど
グリーンが難しいのは18ホール中、最小だからだ。
 そのグリーンへ曲がったドライバーショットで乗った。ドロップし打った
セカンドは、ピンそばへ。そしてバーディ。
 結局、この大会はバレステロスの大会となる運命だったのだろう、最終日
2位に4打も差をつけて楽勝してしまった。

 さぁ、大変。口の悪いアメリカメディアは「曲げてもバーディ」「ラッキー
だけでメジャーV」。ギャラリーにもそれが定着し、ナイスショットすると声高に
「ねぇ、今日は調子悪いね」とやじる、曲がると嬉しそうにニコニコするから、
セベはいらつく。本当におかしな雰囲気だった。

1977年、20歳で初めて「マスターズ」に出場。その3年後の

80年に初優勝した。「マスターズ」は83年にも勝利している

紆余曲折の選手生活を

トップスピードで駆け抜けた強い男

 1988年、セベは米ツアーからスポイルされた。出場義務15試合をクリア
せず、ディーン・ビーマンコミッショナーにPGAツアーから締め出されたことが
ある。
 実は、火種はこの80年の「マスターズ」優勝がきっかけという、うがった
見方がある。同じ年の「全米オープン」で、セベはスタート時間に遅刻、失格した。
ティグラウンドにハアハア、息を切らせ駆け付けたが15秒、間に合わなかった。
たった15秒、いや、15秒も。
 その間に横たわる事情はわからない。ルールはルールという人と、15秒の
スロープレーだったらすぐ取り返せるじゃないか、不問にすべきだという人と。
とにかく、以来アメリカとバレステロスは間違いなく仲違いした。

 1984年、セントアンドルースの「全英オープン」。セベはワトソン、ランガー
との激しい優勝争いを制し、2度目の優勝を飾った。18番ホールでパットを
捻じ込み「勝った、勝った」と右拳でガッツポーズする感動のシーン。
 しかし、その姿は母国スペインでは見られなかった。直前にダービーの中継に
切り替えられた。本当の話である。当時のスペインではゴルフはマイナースポーツ。
セントアンドルースの「全英オープン」優勝も競馬より人気がないのだ。
信じられない。

 

とにかく絵になる男のセベだったが、2008年脳腫瘍で突然倒れ、一時は再起不能とまで

言われていた。現在はゴルフが出来るまでに回復したというが、その雄姿を再び見たいものだ

 スペインの北バスク地方のパドレーニャ生まれ。正式な名前はセベリアーノ・
バレステロス・ソタ。叔父に有名なプロゴルファー、ラモン・ソタがおり、兄の
マニュエルもプロ。
 トーナメント界には2003年まで姿を見せた。97年のライダーカップ(米国・
欧州対抗戦)には欧州チームをキャプテンとして率い、米国を破った。同年
世界ゴルフ殿堂入り。
 私生活はスペイン最大手の銀行家の一人娘カルメンを妻に充実していたが、
08年、マドリードの空港で倒れ、脳腫瘍が見つかり4回にわたる手術を受けた。
その後、ラウンドができるまで回復したというニュースが届き、一安心だ。

 流浪の旅人セベ。いつも闘う男であった。スペインの片田舎から表舞台へ、
トップスピードで飛び出し駆け抜けた男。
 時代はジャック・ニクラスからトム・ワトソンへと移り、豪州のグレッグ・
ノーマン、ドイツのベルンハルト・ランガー、英国のニック・ファルドがしのぎを
削って変わり目。その中で歴史に残る強い男。
 セベこそ、男の中の男といえる存在だった。               (End)

◇武藤 一彦(むとう かずひこ) ゴルフジャーナリスト 評論家。
報知新聞社運動部、編集委員、専属評論家を経て現職。トーナメントの
テレビ解説、コラムなど幅広く活躍。日本プロゴルフ協会(JPGA)理事、
日本ゴルフトーナメント振興協会メディア委員会委員、世界ゴルフ殿堂
選考委員。1939年11月、東京生まれ。

◇小林 滋(こばやし しげる) ゲーリー小林の名で知られる日本を
代表するプロゴルフトーナメントカメラマン。日本国内はもとより世界4大
メジャーなど数多くのプロゴルフトーナメントを取材。国内外のトッププロ
とも親交が厚く、中でもタイガー・ウッズに最も信頼されているカメラマン。
これまでの収録枚数は20万枚以上。

Date:2010.12.06 Category:ゴルファー