PREMIUM GOLF
難易度全米NO1のホールにチャレンジ!!
KOOLAU Golf Club(Hawaii U...
文:大山 郁夫
写真:ゲーリー小林

スペインが生んだ偉大なるプロゴルファーで“セベ”の愛称で世界中に
ファンを持つセベ・バレステロス氏(本名セベリアーノ・バレステロス・ソタ)が
7日、がん性脳腫瘍による合併症のため、スペイン北部の自宅で死去した。
享年54歳。
セベ・バレステロス氏に関しては弊社発行のゴルフ情報誌『Premium Golf』
Vol.7 でそのヒューマンヒストリーを掲載、その中で、2008年空港で突然
倒れ、脳腫瘍が見つかり計4度の手術を施し、一時はクラブを握るまでに回復
したと報じたが、最近になり合併症を引き起こし重体であるとわかり、心配して
いた矢先であった。
1974年、16歳でプロ入り後は天才的な攻撃型プロゴルファーとして欧州
ツアー50勝をはじめメジャーでも「全英オープン」を3回、「マスターズ」も
2度制していた。また、77年、78年には「日本オープン」を2連覇、さらに
91年には「中日クラウンズ」にも勝利するなど日本の大会にも数多く出場する
大の親日家としても知られていた。

1979年、22歳2ヶ月で初のメジャー制覇となる「全英オープン」優勝
右は1980年のマスターズ初優勝
そして先の東日本大震災に際しては、自身のホームページで「日本、私はあなた
とある」というメッセージを記していたほどだ。
同年代としてマスターズや国内のトーナメントでともに戦った中島常幸(56)は
訃報を聞くと、「信じられない! 言葉にならないよ!」としばらく絶句していた。
「執念深いあいつのゴルフと同じように必ず戻ってくると信じていた」
中島にとって一番印象に残っているのは86年のマスターズだという。
「最終日、途中まで首位だったセベを終盤にニクラス(この年優勝)が猛追して
きて、16番パー3ホールでバーディチャンスに。15番グリーンにいた私は
その時の大歓声でしばらくパッティングができずにいた。そんな姿を15番の
第2打地点にいたセベが待ちくたびれた」のだという。
それが影響したのか、セベは第2打を池に打ち込みボギー。ホールアウト後、
「3枚目のグリーンジャケットを手にできなかったのはトミー(中島の愛称)の
せいだ!と冗談半分で言われた」という。
「カリスマ性があってまさにマタドール。どんな時でも闘牛士のように一心に
カップを狙っていた。セベほど魅力的な天才はいなかった。ご冥福を祈るしか
ない」とその早すぎる死を惜しんでいた。

セベが登場した時代は帝王ニクラス、それに続く新帝王ワトソンはじめ米国プロ
が世界を席巻していた。その米国の牙城に風穴を明けたのがセベだった。
そしてその後、サンディ・ライル、ニック・ファルド、イアン・ウーズナム(ともに
英国)、ベルンハルト・ランガー(ドイツ)、ホセ・マリア・オラサバル(スペイン)
など米国以外からのメジャー勝者がでるきっかけになったのはセベの功績と
言える。
心からご冥福をお祈りする。合掌。